本気で没頭したいのなら、外野の声はシャットアウト! 何かを得たいなら古い荷物を捨ててゆけ
こんばんは
guts koporu takkaです
僕はね‥
憤慨してるんですよ!!
なぜかって‥?
だってさ‥。オリンピックでドラゴンボールが潰れてるからさ!
(これを書いているのはオリンピック開催中の日曜の朝です)
オリンピックとか興味ないんだけどなあ‥
マジメな話、いまの時代に野球やら陸上やらオリンピックやらで通常の番組を潰すってナンセンスでしかないですよね~
これだけネットインフラが整ってたらどうにでもできそうだけど
まあオリンピックを観たい人が多数派なんだろうけど、
これからの時代に少数派を丸無視したやり方をしているようでは‥
衰退していくだけだと思いますけどね~
と、日曜の朝からちらっと毒を吐いたところで、
(ドラゴンボールは毎週かなり楽しみです)
本日のお題目に入っていきましょう
前回(3日前ですね)のエントリは『リライトかよ!?』シリーズで、
読書のお話を加筆修正したのですが‥
改めて見直すとちょっといくらなんでも長過ぎたので‥
(ほんと反省ですな)
半分でやめました
ということで、ちょうど残り半分が〝刑務所での読書の話〟なので、
時間の流れ的には飛んでしまいますが、
『あなたが知りたい塀のなかの話』の番外編的な位置づけでRewriteしてみたいと思います
以下、前blogのリライト記事
昔から文章を書くのも本を読むのも好きでしたが、
これまでの人生でいちばん本を読んだのは‥
これから先もたぶん超えることはなかなかないんじゃないかなあと思うのは、
刑務所の中にいたときです
(そこそこ有名な、『まる獄製品』ですね。これは裁縫工場のものです
僕は木工場で作業していました)
有罪と服役が確定し、
4年間外の世界とお別れしなければならなくなったとき僕は、
「1ページでも多く本を読もう」
と自然と思いました
前エントリで僕は堀江貴文を追いかけていると書きましたが、
刑務所で読んだ本の数だけは間違いなく勝ってるだろなあ
彼は1000冊の本を読んだって言ってたけど、
その3~4倍は確実に読んでます、塀の中で
(これはいま読んで自分でもびっくり
いつの間にか堀江さんと同じ1000冊ってことに自分のなかでなってたけど、
そんなに読んでたか‥)
読んだ冊数がイコール何かに繋がるわけではないけど、
圧倒的な量は質に転化したりしますからね~
(そう、何冊読んだかって競争ではないので冊数自体にたいして意味はないですが、
量をこなすってことは、いろんな面で必ず飛躍のポイントをつくることにつながります)
僕は恵まれていたので、僕を見限らなかった両親が、
ほとんど僕の希望通り、月の制限内で本を差し入れてくれました
(刑務所によりますが、月に外部から入れられる本の冊数には制限があります
そりゃそうだ、検閲する人が過労で死んでしまう)
図々しい僕は両親に極力甘え、そして刑務所内で借りられる本を可能な限り借りまくり、(正確にはダメなんだけど)同房の人たちからも本を借りまくり、貪るように読みました
独居房にいるときは、勉強しているかたまにテレビを観る以外は、
(あ、刑務所にはテレビあるんですよ!)
本を読んでいるか読書ノートを取っていました
あ、たまにこっそりオナニーもしましたけど
雑居房にいるときは、
ほとんど人と話もせず本ばかり読んでいました
(それによってコミュニケーションの不破が起きたこともあります)
とにかく多くの本を読みたかった
最初の1年は、21時に消灯されたあと、布団に潜って隠れて本を読みました
もちろん巡回の刑務官に見つかればペナルティ or 懲罰です
外で待っている家族がいるので基本模範囚で通しましたが、
そこは頑として譲らなかった
リスクを取りました
ちょうど1年が経つころ、突然不正読書がギリギリで見つからないで済んだ、
みたいなことが続きました
疑われていたんでしょうね
さすがに少し様子を見なければならなくなりましたが、
懲りない俺は
刑務官の巡回パターンを記録していましたw
ところがようやく掴めそうだってタイミングで、
僕は函館少年刑務所から山形刑務所へ移送になりました
すると‥
なんと山形では、朝明るくなってから起床するまでの時間、
布団のなかで本を読むことが許されていたのです!!
きっと長期の受刑者が多いところだからでしょうね
あまり締めつけても逆効果だからです
(ぎりぎり10年くらいまでの刑期であれば「少しでも早く出たろう!」という希望というか心理的バイアスが働きますが、それ以上になると逆に開き直る人たちも出てきます。人間ですからね
そうなってくると締めつけても無意味なので、多少緩めに取り締まったほうが効果的なのです)
なんたる幸運!
なんて日だ!!
いままで不正読書で補っていた時間をそこでカバーできるので、
僕は欲張らず不正読書をやめました
(人間を突き動かす欲求を否定してはいけません。それはガソリンです
しかし、欲張り過ぎた人間が破滅していくことは、歴史が証明しているところです)
そして、そこで一緒になった方からこんな本を借りたのです
僕は毎日トレーニングしました
夜寝る前と朝起きたときに眼球のトレーニングもしていました
そして約1年が過ぎ函館刑務所に戻ってきたころには、
もう不正読書なんてしなくても十分に冊数を読めるだけの速読が身についていました
それからもトレーニングは続け、
最終的には300数ページの小説などは5分で読めるようになりました
(これを書くと勘違いしちゃう人がいるのでいちおう補足しておきますが、
普通に一から十まで読んでもちろん5分は無理です
今回は速読術の話じゃないので詳しくは書きませんが、ヒントを書けば‥
何かを得ようと思ったら、何かを捨てる、ということです)
いまは逆にそんなに速読は意識していませんよ
本を読むスピードを上げるよりも、
読む本を絞ることに重点を置いています
(それでも読みたい本が山ほどあるけど)
それでもどうしてもひとつの読み方にこだわるのであれば、
とことんまでそれを突き詰めてみなさいな
答えはひとつではないということが、よく理解できることでしょう
はい、ここから通常営業です
ここまで何かにとり憑かれたような本の読み方をすることは、もしかしたらもうないかもしれません
(絶対にないとは言えないのが怖いところだけど。いまもちょっと近いものがあるし)
しかし、何かをやるのなら、
外野の言葉は関係なしに、とことん没頭するというのは大切です
周りの顔色を伺いながらやってるレベルでは、没頭とはちょっと言えないですね
もちろん多少空気を読むことは悪いことではないけれど、
上述していますが、
何かを得ようとしたら何かを捨てる必要があります
一時的にでもね
あれもこれもうまくやってやろう、という姿勢ではどこにも行かれないのはたしかです
ってことで、今回はここまで
したっけね~